“無敵の母さん”に登校しぶりの相談をしてみました

子どもの不登校に悩むお母さんたちを助ける活動をしている「無敵の母さん」こと、やよいさん。やよいさんの「無敵の学校」に1ヶ月間お世話になりました。

 

無敵の学校とは、マンツーマンで主に不登校や登校しぶりの相談に乗って頂ける場です。

 

我が息子は、一時期登校しぶりがあり、その後は表面上普通に登校できるようになりました。だけど、「このままでいいのかな…」という思いが私の心の中にくすぶっていたのです。

 

それは登校しぶりに対してというよりは、「周りの常識」と「私の理想」とのギャップで葛藤していたという感じ。

 

そして、Twitterでお見かけして以来気になっていたやよいさんとお話してみたい、という気持ちが高まり、相談してみることにしました。

 

登校しぶりへの対応に悩む

登校しぶり、それは不登校の小さい版みたいなもの。まだ学校へは行けているけれど、時々休んだり、本当は嫌だけど渋々行っている感じ。

 

私は正直、そこまでして学校行く必要あるかな?と思っていました。勉強なら家でもできるし、友達との交流なら習い事でもできるし。

 

私も学校大嫌いだったし、「あんなに無理して行っていた学校で学んで、今役立ってる事はどれくらいあるかな?」と思ったりもします。学校でする色々な事に対して「何でこんな事しないといけないの?」と思いながらも、親に怒られるのが嫌で行っていたし、行きたくないとも言えなかった過去。

 

だから息子に対しては、「行きたくないなら休んだって良いんじゃないかな?」と思っていました。

 

その一方で、

 

「でも、学校行かなくなって、将来息子が困らないかな。家で好き放題はマズイのでは?生きていく上で多少の我慢も必要な気もする。勉強はどうしたら良いんだろう。」

 

…などなど。私が生きてきた常識を超えるのが怖かったのです。

 

リアルで周りにいる人たちは、「学校は行って当たり前、宿題も完璧にやらないとダメ、習い事もちゃんと行って、家でも勉強して欲しい。」という感じの人が多くて。

 

「やらされる事より、子どものやりたい事をなるべく重視したい。それが遊びでも何でも。」という、私と似た感覚の人にはまだ出会えていません。

 

1人だけ違う考えがダメとは全然思わないものの、やっぱり不安は拭えずにいました。常識と思うレールから外れるが怖かった

 

迷った挙げ句、「ここは、学校へ行く方向へプッシュした方が良いのでは?」そんな常識的な考えで、そうしていたこともありました。

「無敵の学校」は本当に無敵だった!

そんな迷いを払拭したくて、私が好きだと思える考え方を発信されていた「無敵の母さん」ことやよいさんに頼ってみました。

 

芯は強いけれど雰囲気はとってもゆるい、やよいさん。もう悩み相談とか何とかより、毎週お話しするのが、ただ楽しみになっていました。話の聴き方、受け止め方を真似したいな~と思っています。なんというか、包容力の塊!!みたいな愛に溢れていて。私もああいう母さんになりたい。

 

そんなやよいさんの「無敵の学校」は、本当に無敵でした。

 

自分の中に敵を作らないから無敵

 

私はそんな風に感じました。

 

無敵な人って、何者にも負けない強い人だと思っていたのですが、敵を作らない人が本当の無敵だと今は思っています。

 

学校が好きじゃなくても、先生と合わなくても、子どもが苦手と言っているクラスメイトがいても…それは敵というわけではない。大事なのは、それを受けて自分たちがどうしたいか。

 

ただそれだけ。

 

私もいつも無敵でいたいな。

親子の心を尊重

肝心なのは、行動そのものよりも心。

 

不登校や登校しぶりで言うと、子どもの心には目を向けやすい。でも、それだけではなくて、親の心だって大事。

 

正直な話、子どもが不登校になったら親の制約も少なからず出てきます。それを制約ととらえないことで見えてくる新しい道もあるのですが、それでも、子どもが朝から夕方まで1人で学校へ行っている時と同じようには過ごせない。特に子どもの学年が低いほど。

 

そう思った時にどうするか。

 

やよいさん曰く「親の思いを伝えていい」と。押しつけるのでも我慢するのでもなく、親の思いや都合があることを伝える。その上で、どんな行動をとるか考える。

 

これにはハッとしました。

 

選択肢は無数にあるし、相手が子どもだから自分が我慢すべきという訳でもない。そうだった。選択肢を狭めたり、我慢を強いているのは自分自身でした。

 

ちなみに我が家の場合は、長男が休むと次男も休みたがり、「それはちょっと困る…」ということがありました。4才男子と毎日24時間一緒は、体力的にかなり厳しいので。

 

「幼稚園こそ行く義務はないし、無理強いするのもな…」と迷っていたときにこのお話を聴いて、「親だから、自分の都合は後回しにして我慢しないといけない。」という思い込みが根強かったことに気付かせてもらえました。

常識を選ぶということ

常識って確固たるもののようで、実は1人1人違います。場所や時代によっても変わります。だから、時々疑ってみることも大事。

 

誰かの常識を否定する必要はないけれど、その常識が自分や子どもを苦しめているなら、外れてみたって良い。そんな選択肢もある。

 

学校だって「行くのが常識」という雰囲気がまだまだ根強いけれど、本当にそうかな?と考えてみても良いということです。その常識、破ったらどうなる?守るのと破るの、自分にとってどっちが良いかな?

 

そういうことも考えていくのが、しあわせに繋がる。常識は選べる。1人で選ぶのが怖かったら、私のように、好きな価値観を持った人を探して頼ってみるのもおすすめです。

名言「宝くじ当選と同じ」!?

最後に、やよいさんの名言を紹介します。

 

「不登校になった(なりかけた)のは、宝くじに当たったのと同じようなもの。」

 

おもしろい!!

 

皆が通る道ではない不登校・登校しぶりを経験した親子は、間違いなくそこで得るものがあるということ。そうならなければ考えなかった事を考え、向き合うことはなかった自分や子どもの中身と向き合い、出会えなかった人と出会えて。

 

本当に、ある意味ラッキーだと思いました。何事もとらえ方とその後の行動次第。

 

そんな感じで、1ヶ月間お世話になった無敵の学校を卒業しました。

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